胎児性アルコール症候群(FAS)は、妊娠中のアルコール摂取によって引き起こされる最も重篤な状態を指しますが、実際には、アルコールの影響はスペクトラム(連続体)として現れることが知られています。これを総称して「胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD:Fetal Alcohol Spectrum Disorders)」と呼びます。FASDには、FASの診断基準を全て満たす典型的なFASだけでなく、顔貌的特徴は明らかではないものの、中枢神経系の障害が見られる「神経発達障害(アルコール関連)(ND-AR)」や、身体的な奇形が見られる「先天異常(アルコール関連)(BD-AR)」などが含まれます。つまり、FASDの全てのケースで、FASに典型的な顔貌的特徴(人中の平坦化、薄い上唇、短い眼瞼裂など)が現れるわけではないということです。顔貌的特徴がはっきりしない、あるいは全く見られないFASDの当事者も少なくありません。このような場合、特に大人になってからでは、妊娠中の母親のアルコール摂取に関する情報や、子どもの頃からの発達歴、学習面や行動面での困難さが、診断の重要な手がかりとなります。例えば、注意欠如・多動症(ADHD)様の症状(不注意、多動性、衝動性)、学習障害(LD)、記憶力の問題、実行機能(計画を立てて実行する能力など)の困難さ、対人関係の苦手さ、感情コントロールの難しさといった症状が、FASDの中核的な問題として現れることがあります。これらの症状は、他の発達障害や精神疾患とも共通する部分があるため、鑑別診断が非常に重要になります。FASDの診断は、専門的な知識と経験を持つ医師や臨床心理士などのチームによって、詳細な問診、発達検査、心理検査、そして妊娠中のアルコール曝露に関する情報の確認などを通じて総合的に行われます。顔貌的特徴の有無だけでFASDの可能性を判断するのではなく、より広い視点から、その人の抱える困難さの背景にアルコールの影響がないかどうかを検討することが大切です。